院長エッセイ集 気ままに、あるがままに 本文へジャンプ

医師と意志、そして遺志を継ぐもの

 

診療中は当然ながら、携帯の電源を切っている。しかしその日は特別だった。マナーモードにして電源は入れたまま。息子かあるいは細君からの電話を待っているのだ。診察室からちょうど患者さんが出た時に、ジー・ジーっと腰のポーチに入れたスマートフォンが震えた。私は電子カルテの入力操作を打ち切り、院長室へ飛び込んだ。


「誉士郎の事だけど、、、」ことさら低い細君の声だった。

ちょうど1年前のあの日を思い出した。

 

「父さん、ダメだった。」


「そうか。」


「まあ、しょうがない。次頑張るから。」


「ああ、そうだな。」


私が息子に慰められているような妙な会話だった。

その時から息子は晴れて(?)過卒生、すなわち浪人生となった。発表前の自信ありげな態度。その反動で、もっと落ち込むのかと予想したが、気落ちしたのは両親の方だった。息子は、合格者が喜びに沸く卒業記念パーティーへも気後れすることなく参加したり、この際免許でも取りましょうかなどと言い、自動車教習所に通ったりしている。慰められているのは、やはり私たち夫婦だったのだ。特に私は、自らの不甲斐なさに落胆し、若気の至りとはいえ、偉そうな事を宣ったあの頃の自分自身に顔向けが出来ないという忸怩たる思いを抱くのだった。それは30年以上前に書いた私の文章に対してである。母校の現役生に向けた合格体験記。以下に抜粋する。

 

さて、優等生的受験体験記は他の合格者の人にまかせるとして、私は少々反逆児的な「浪人のすすめ」というタイトルで書かせてもらおう。

仕官の道をめざして武道に励み、心と体を鍛えている人を「浪人」という。その意味で、努力の甲斐もなく入学に失敗し、翌年の栄冠をかちとるために、勉学を通して自己を磨く人を私は真の「浪人」と呼びたい。「浪人すれば何とかなるだろう」という安易な気持ちで、目の前の試験を棒に振ったり、目標達成のために真剣に努力することを怠る人を「素浪人」と定義しよう。この文章を読む後輩の諸君は「浪人」と「素浪人」の違いを肝に銘じてもらいたい。というのも私は二浪もしているが、一浪めはこの「素浪人」であって、二浪にしてやっと「浪人」になったという苦い自己体験からの老婆心によるものである。

(中略)

私の浪人時代の二年間は、履歴書の上では完全に空白の期間なのだが、我が人生において実り多い時期であったように思う。失意、落胆、奮起、さまざまな感情の中で、自己の再発見があり、人生の機微を垣間見た。そこには何がしかの心の成長があったように思う。冒頭に述べたように、ひとつの目標に向かって、自己を磨く人を「浪人」と定義するなら、私は一生「浪人」でありたいと思う。いまの世の中、「素浪人」が多すぎるのでないだろうか。もっともらしい目標は持っているものの、その目標達成のために真剣に取り組もうとしない。君も来年の入試を待つまでもなく、すぐ今、「浪人」になったらどうであろうか。すると案外、現役合格の栄冠を得ることができるかも知れない。幸運にも(?)入試に落ちた人には、真の「浪人」たらんことを願う。そして押し寄せるさまざまな感情の中でも自分を見失うことなく努力して欲しい。そうすれば「合格」というものは、単なる結果として、君の人間的成長の過程に付随してくることになるであろう。

 

勝てば官軍。赤面ものの不遜な文章ではあるが、真の「浪人」たるべき我が人生を熱く語る、その若さが眩しい。受験生を持つ親としては、不謹慎かも知れないが、同じ眩しさを「浪人」中の息子に感じて、楽しく1年を過ごせたような気がする。センター試験が目標点数に届かず、願書の提出を関東の大学から県内の大学に変更した時も、息子も私も動じることはなかった。そう、何かが吹っ切れたのだ。いま真剣に自分と向き合って努力している。そのことが重要で、結果は万事塞翁が馬、刹那の喜怒哀楽を越えて私たちを静かに待っているのだ。

 

「受験の結果なんだけど、、、」細君の暗い声が続く。でも私は平気だ。


「合格した〜」一転明るく細君が叫ぶ。


「そうか。よかった。」


喜びと言うよりは安堵だった。それも一呼吸遅れてやってきた。じわりと目頭が熱くなる。意地悪で、たわいもない細君の演出も、笑って許してやろう。今日は人生最良の日なのだ。

 

まだ卵ではあるが、『医師』を継ぐものの誕生を素直に喜びたい。遠く振り返ってみると、医学生として御献体に初めてメスを入れた時、人の死に真剣に向きあった。精緻な肉体の神秘と生命の尊厳に踏み入れたあの瞬間。天啓の如く舞い降り、全身全霊を雷(いかずち)のように貫いた、医師になることへの『意志』。その『意志』を継ぐものが我が息子であることを、医神アスクレーピオスに感謝しよう。そして自らの晩節に思いを転じる。「我が人生に悔いなし。すべてやり尽くした」。そんな人生を私は望んではいない。限られた自分の人生では、なし得なかったことを、大いなる夢を、あるいはささやかで個人的な希望を、人生最後の日まで、もし私が持つことが出来るのであれば、その『遺志』を継ぐもののひとりとして、彼が傍らにいることを私は心から幸せに感じるだろう。

浮かれた声で細君が受話器の向こうで話している。だが私は聞いていなかった。息子からの電話があったとき、最初になんと声をかけようか、そのことばかりを考えていた。



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